MONTSON

Interview 「MONTSON 尾坂 允」

文・構成:飯島貴志・写真:徳宿光 Apr. 2016

白壁の瀟洒な佇まいの工房は丹沢山麓の大山のふもとにありました。


日本の四季との調和


飯島

“山音製輪所”という名前にふさわしい環境の中にある工房ですね。ブランド名の”MONTSON”はフランス語で“山の音”という意味であるとうかがっていますが、どのような経緯から生まれたのですか?

Interview 「MONTSON 尾坂 允」

尾坂

自分が求めている生活、自然、人生、自転車など全部ひっくるめて想像した時に自然と出てきた言葉が“山の音”でした。

飯島

素敵な言葉ですね。

尾坂

もともと自然が好きだということが影響したのかもしれません。学生時代、京都に暮らしていましたが、当時、神社、仏閣に行くよりも川や山に行くのが好きでした。自転車でよく行きました。

飯島

“MONTSON”の自転車の色は、どことなく落ち着いた日本の伝統色を感じさせます。今回のグレーにピンクのカラーリングも、薄い墨色と桜色の反物といった趣ですね。これは、やはり京都で暮らしたことが影響しているのでしょうか?

Interview 「MONTSON 尾坂 允」

尾坂

特に自分では意識したことがありません。ただ好きな色を選ぶと何故か日本の色を選んでいる自分に気づかされます。日本の色は欧米の派手で自己主張の強い色と比べると地味で落ち着いた感じですが、埋没した色ではありません。周りの自然、風景、季節との調和を大切にしていると思います。

飯島

自転車つくりはどちらでどのような修業をされたのですか?

尾坂

東叡社(註-1)で7年働きました。日本の古き良き伝統が残っていた職場でした。上下関係は厳しく、先輩は教えてくれません。技を見て覚えろと教育されました。今、思い返せばそれは意地悪ではなく、観察力、思考力、創造力、技量を培うための一番効率的なやり方で親心だったのですね。
当時、そうは思いませんでしたが。(笑)

また、先輩方の仕事ぶりは技術面は言うに及ばず、取組む姿勢も真剣で妥協を許さず、自分の魂を製作物に入れるような雰囲気が伝わってきました。これこそ“日本のものつくり”の良き伝統だと思います。今は、何でも海外生産になり、日本での生産が消えていくものが多いですが、“日本のものつくり”を大切にしていきたいです。


自然との会話を楽しめる“旅の自転車”


飯島

“旅の自転車”を主に山音製輪所さんでは作られています。なぜ“旅の自転車”なのですか?

尾坂

“MONTSON”は肩肘を貼らず、周りの風景や自然との会話を楽しみながらサイクリングをする方々に乗って頂きたいと考え、結果“旅の自転車”になりました。

飯島

“旅の自転車”と言いますとランドナー、スポルティーフなどがありますが、今回、作って頂きました“スポルティーフ”と“ロードバイク”の違いについて簡単に説明をお願いします。

尾坂

一言で言うと“ロードバイク”の“スピード指向”に対して“旅の自転車”は“ゆったり快適指向”です。もう少し詳しく説明しますと“旅の自転車”は“ロードバイク”に比べて楽なポションで長距離走ることに適しています。

1泊程度の荷物を積むこと出来るフロントバッグ、フロントキャリアが付くことでバックパックを背負う必要がありません。また、“ロードバイク”にはない泥よけがつくことで雨上がりの道や突然の雨でも快適に走行することが出来ます。これらは、ひとつひとつは小さいことかもしれませんが積み重なるとトータルとして大きな快適性の向上につながります。

飯島

最後に尾坂さんが自転車を製作するにあたって重視していることはどんなことですか?

Interview 「MONTSON 尾坂 允」

尾坂

どんな自転車を製作する時も乗り手を中心に考えています。乗り手の使い方、求めることを可能な限り取り入れてバランスよくまとめて、無駄なところを削っていくことです。むつかしいことですが、それがビルダーの仕事だと思います。

飯島

今日はありがとうございました。

註-1:東叡社
1955年設立の自転車工房。現在地は埼玉県川口市。